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今日は趣を変えて、いつもの美容ネタじゃなく哲学的なお話。

なんで、興味ない人はスルーしてください。(笑)

福岡発の雑誌に「NO!!」って雑誌があります。

街でみつけた若者のファッショなどのスナップ写真を載せてる雑誌です。

たまに、立ち読みするんですが今月号の特集が

NO

 

です。

小学生から大人まで。いろんな職業と国籍の人。老若男女200人の答えが書かれてました。

小学生でもしっかり考えて、答えてたのには感心しました。

(たぶん、僕が小学生の時に聞かれてたらそんなこと考えてもなかったので答えられなかったでしょう。笑)

で、これを見て少し触発されたので、備忘録的に、いま現在の僕の答えを書いてみたいと思います。

ま、明日には全然違う意見になってるかもしれませんが・・・(笑)

 

まず、「人は何故、生きるのか?」

いやいや、なぜ生きるのか?て聞かれても生きてるから生きるんでしょ!って感じですよね。

そもそも、僕は自分で生きてるとは思ってません。常に生かされてると思ってます。

身近なところでは、両親や家族。育ってきた町に住んでる街、働いている会社など

それらを包括した社会に生かされてる。

そこからもっと大きくいうと、超自然的なモノによって生かされてる。つまり、神様に生かされてる。と思ってます。

(別に、僕は信心深いわけでも、何かの宗教にハマっているわけでもありません。ただ、この世の中には

ナニカしらの因縁めいたモノがあるんじゃないかと感じていて、それを昔から人は、神様という存在で表したんだと思います。)

なので、「何故、生きるのか?」の問いに対しては「生かされてるから、生きる。」が僕の答えです。

なんだか、答えになってないような答えですね。

 

で、本題の

「人は何のために生きるのか?」

それは、「何かのために生かされている。」からだと、僕は思います。

これまた禅問答みたいな答えですけどしかたないです。こう思うんですもの。

人はナニカによって生かされている。であれば、「何のため」に生かされてるのか?

それは、今いるこの世界で「何かをするため」に生かされているんだと思います。

その「何か」は人生の早い段階で分かるかもしれないし、終盤で分かるかもしれません。

もしかしたら、分からないまま死を迎えるかもしれません。

でも、ナニカによって生かされてる人間が死を迎える時っていうのは、その人の役割が終わった時だと思います。

つまり、その人がすべき「何か」をしたんだと思います。

そして、その「何か」の先には「誰かのため」っていうのがある気がします。

人それぞれ、すべき「何か」は違うでしょうけれど「何か」の向いてる方向は「誰かのため」で

「誰かのため」に「何か」をするんじゃないでしょうか?

人はナニカによって生かされています。そこにはいろんな恩を受けて生かされてます。

産んでくれた恩。

育ててくれた恩。

教えてくれた恩。

働かせてくれた恩。

生かされてる恩。

まずは、今まで受けた恩を恩返しすることが「何か」につながるじゃないかなと思ってます。

身近な人に恩返しをしていき、そこから直接恩を受けてない他人にも今度は

こちらから恩を送っていく(この第三者に恩を送る、恩送りっていう慣習は江戸時代からあるそうですが・・・)

そしてまた自分も誰かから恩をもらう。この繰り返しの中に人は生きているんだと思います。

 

まとめると、

「人は何のために生きるのか?」に対する僕の答えは

「人は何かのために生きてる。」または、「人は何かをするために生きている。」

で、言い換えると

「人は誰かに恩返し・恩送りをするために生きている。」と言うのが今の答えです。

 

さて、皆さんならどう答えるでしょうか?たまには、こういった哲学的な命題(テーマ)について考えを巡らせるのもいいですよ♪

人間は考える葦である。  ブレーズ・パスカル

 

 

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最後にコッチもお願いします。

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投稿者プロフィール

田口 仁士
田口 仁士
高校卒業後、福岡市の大学に進学。在学中、なぜか美容の道に目覚める。(笑)
卒業後、そのまま福岡市で見習いから美容室で働く。福岡市で約7年勤めた後、地元の大分県に帰る。
中津、宇佐市で4年勤めた後、2012年8月14日に宇佐市法鏡寺に「Butterfly」オープン。
趣味は読書、映画鑑賞、写真、ダーツ、御朱印集め。